image1

ELGIN エルジンの歴史

創業:1864年

~大量生産・高品質・実用性を結びつけた~

 1864年の南北戦争中、シカゴ市長のベンジャミン・W・レイモンドと6人の役員会が、イリノイ州シカゴから西の小さな町エルジンにナショナル・ウォッチ・カンパニーを設立する。設立メンバーの中にはウォルサム社で働いていた時計技術者も含まれていた。1874年にエルジン・ナショナル・ウォッチ・カンパニーと社名を変更し、規模的にも大手の仲間入りを果たす。1886年には2300人が工場で働き、1日に1000個のムーブメントを生産するまでになった。その背景には技術力の高さがうかがえる。というのも技術部門で働く人たちの多くは、他の時計メーカーから引き抜かれた優秀な技術者ばかりだったためだ。主にウォルサム社から技術者が流出したというのも皮肉な話である。
 エルジンもまた他のアメリカブランドと同じく、戦争との関わりが強い。第一次世界大戦中の1916年にはアメリカ陸軍及び海軍に供給している。第2次世界大戦が始まると、航空機の精密部品と軍用時計を専門に担うことになり、一般用時計が一時中断を余儀なくされる。当時の広告を見ると、その多くが”軍事時計優先のため、一般用は品薄状態。勝利するまでしばらくお待ちを”といった内容のお詫びになっている。戦争中にはその後のエルジンのイメージを決定づける「タイプA-11」や「タイプA-17A」といった軍用モデルが多く生産された。
 また、一般向けに作られた最高級バージョンが「ロード・エルジン」 と婦人用の「レディ・エルジン」だった。プラチナ、ゴールド、14K張り(ゴールドフィルド)の美しいケースが特徴で、美しいケースが特徴で、ムーブムーブメントも高精度のものが搭載され、耐磁性があり、錆びにくいスプリングが採用されていた。
 当時、デザインも斬新なものが多く、小窓から回転盤が見えるアナログデジタル表示のモデルも'50年代頃に販売されていた。その他にもわずかな手の動きで巻き上がり、耐衝撃性、防水性、防塵性を備えたモデルを発表するなど、戦後の売上ダメージを回復しようとあの手この手で戦略を練っていた。しかし50年には300人を解雇し、週4日間労働へ生産を短縮しなくてはならないほど追い詰められていた。そして66年に終焉を迎えてしまう。日本では90年代の半ば頃にクォーツタイプの復刻版が発売されていたが、現在も輸入されているのだろうか…

「ウオッチ・ア・ゴーゴー No.38」より引用