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AUDEMARS PIGUET オーデマ・ピゲの歴史

創業:1875年

~伝統時計工芸は、二つの才能のせめぎ合いによって誕生した~

 先達の残した信じがたい仕事を目の当たりにした時、われわれ現代人は彼らの卓越した技術力に対して畏敬の念を覚えずにいられない。それは歴史的建造物に多く見られる宇宙的な雄大さ、ヨーロッパの貴族たちがコレクションした、大型のディスクを用いたアップライト型オルゴールのからくりの緻密さなどに感じる、あの感覚である。その時代の庶民生活や道具のレベルを考えた場合、どうしてそれが完成にいたったのか、その過程がどうしても想像しにくい技術が存在したということに、ある種の驚きを禁じ得ずにいられなくなるのだ。オーデマ・ピゲの芸術的な技術にも、これと同質の印象を受ける。
 「グラン・コンプリカシオン」という名の、複雑な機構を持つ懐中時計が存在する。時、分、秒の基本的な表示機能に加えて、たとえ閏年であっても2100年まで日付と曜日の修正を必要としないパーペチュアルカレンダー、ムーンフェイズとクロノグラフ機能、さらに一定の経過時間(15分毎)を繊細な金属音で知らせるミニッツ・リピーターなどを内蔵する時計がそれで、微調整された416個の部品を使い、すべて手作業の組み立ては、全工程に約1年の歳月を擁するため、年間3個しか作ることができないという。
 「グラン・コンプリカシオン」の登場は1915年のジュネーブ・ウオッチ・ショウである。創設後約40年で18世紀の天才時計職人の域に達した技術は、賞賛に値するものがあろう。80余年前の名工が残した確固たる技術を具現化する時計として、またテクノロジー全盛の現代技術をもってしても超越が難しい時計史に刻まれる画期的な事実として、語り継がれるべきであろうオーデマ・ピゲの「顔」だ。
 代々が時計職人の家に育ったジュール・オーデマと、自ら時計工芸家の道を進んだエドワール・ピゲにより1875年に創設されたオーデマ・ピゲは、当時よりスイス時計産業の中心地となっていたジュウ渓谷のル・プラッシュにアトリエを構えており、現在もこの場所を動いていない。当初より完成度の高い複雑時計を専門に製作することに情熱を傾けたふたりの創設者は、すべての部品製造から組み立てまでを彼らの工房の中で行わなければならないと確信し、それを実践した。このことは、それまで分業による工場制の残っていたジュウ渓谷の伝統を一変する生産体制の改革となっていった。
 ジュール・オーデマとエドワール・ピゲは、自分たちのもつ熟練した工芸技術が永久に継承されることを強く望んだ。マイスターと呼ばれる優れた職人の育成を目標とした、系統的な時計工芸家養成システムを完備させ、創設当初からこれを運営している。このシステムは彼らの没後も脈々と受け継がれており、これは現在でも当時と何ら変わらぬ「グラン・コンプリカシオン」を製作できるのはオーデマーピゲのアトリエだけである、という事実に証明されている。またこのシステムが、時計のデザイン、ムーブメント、ケース、ブレスレットの製作、さらにダイヤモンドの検品にいたるまで、一貫した作業を自社の専門家が行うことへの布石となっており、伝統の技術を損なうことなく、常に高品質の時計を生み出すことへとつながっている。
 「美は純粋で一糸乱れぬ線に表現される」「常に革新的かつ卓越した存在であれ」という企業哲学を掲げ、それを忠実に守り続けるオーデマ・ピゲは、1928年に腕時計の製造を始め、1930年代にはすでにジャンピングアワーやミニッツ・リピーターといった先進技術を開発し、他の追随を許さない存在となっていった。
 1934年に開発された懐中時計用スケルトン・ムーブメントは、完璧であるとの高い評価を受けた。手工芸の粋を集めて繊細な彫刻がされたスケルトン・ウォッチは高級時計愛好家たちに認識されると同時に、オーデマ・ピゲの名前を一流ブランドへと押し上げていく、かつてないまでのチャンスをもたらした。
 その後も厚さ1.64mmの世界で最も薄形のムーブメントの開発(現在でもこのムーブメントはさまざまなモデルに搭載される)、スケルトン時計やダイヤモンド針時計の発表があり、イノベーションと芸術的完成度を追及する姿勢は変わらずに今にいたる。
 現在のオーデマ・ピゲは、その創設時を踏襲するかのように、ふたりの経営者によって運営されている。時計に関する技術面をジョルジュ・ヘンリー・メランが専門に担当し、販売などの経営面をステファン・ウルクハルトがマネージメントしている。それぞれ違った個性をもつスペシャリストたちは、創設者たちがそうであったように、お互いのアイデアと技術を持ぢ宛って協議し、バランスよく会社の運営を行っている。従業員数も250名に達するまでになっているが、そのうちの80名が時計技術者として活躍し、専門職として時計に関する各分野の製造に従事している。時計ブランドの核となる生産部門に80名もの技術者を配しているということは、完璧な時計作りを目標とするオーデマ・ピゲの企業哲学を、真摯に、そして着実に実践することの表れであろう。
 近年のオーデマ・ピゲを代表するモデルといえばロイヤルオークが挙げられるだろう。1972年に発表されている。チャールズ2世が加護を求めたという伝説の樫の木、「護王の樫」に由来して名付けられた、イギリスの軍艦ロイヤルオークの船窓をイメージした8角形のフェイスが特徴の美しい時計だ。アクセントとしてベゼル上に映える8つのネジから、船窓をモチーフにデザインされたことが伺える。完璧な防水性能を備えたケースには、発売当初高級時計の素材としてはまったくの異例であったステンレス・スチールが用いられ注目を集めた。それまでの高級時計には、ゴールドやプラチナなどがケース素材として選ばれるのが常識的であったからだ。ロイヤルオークが有する防水性能にマッチする耐久素材として、ステンレス・スチールが選ばれたわけである。これはオーデマ・ピゲが伝統の継承のみにとらわれない、時計を多角的に見つめるという柔軟性と現代性をもつ時計メーカーとして内外にアピールすることとなった。しかし自動巻き機構のセンター・ローターにはゴールドを使い、伝統的なムーブメントへのこだわりも、もちろん忘れたわけではない。1987年にはオールゴールドのモデルも発売され、現在はこれにステンレス・スチールとゴールドのコンビネーションモデルが加わっている。
 オーデマ・ピゲに備わる伝統的工芸技術と斬新なデザインの融合は、スイス時計産業の指針的存在であると同時に、最高級と称されるブランドイメージへと帰結していくものであろう。
 
「世界の腕時計 №16」より引用