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TAG HEUER タグ・ホイヤーの歴史

創業:1860年

~頑強なだけのスポーツ・ウォッチはタグ・ホイヤーにとってスポーツ・ウォッチではない~

 時計の精度向上の歴史は、スポーツ計時の発展とともにに歩んできた。例えば、自動車などの各種レースが活発化した時代に、ラップ・タイムを計測するスプリット・セコンド機能が開発されたといった具合に。プロフェッショナルなスポーツ・ウォッチの開発では他の追随を許さない存在として知られるタグ・ホイヤー。これほどまでにスポーツ計時と密接な関わりをもったブランドは、他に類を見ない。
 タグーホイヤーの歴史を語る上で欠かすことのできない要素がある。同社の前身であるホイヤー社だ。ホイヤー社がTAG・グループに参入して、タグ・ホイヤー社が発足したのは1985年のことである。つまり、その大いなるスポーツ計時の歴史は、ホイヤー社にその基盤があるということになる。
 1860年、時計製造とスポーツ双方に深い愛情を抱いていた青年エドワード・ホイヤーが、時計産業の中心地として名高いサン・ティミエに時計工場を設立した。ホイヤー社の誕生である。
 才気溢れる時計職人であった彼は、スポーツ計時を自らの才能の指標とした。それはまた、ホイヤー社が乱立するスイス時計ブランドの中でより際立った存在として位置することにもつながった。それは、1869年に特殊なリュウズ式ポケット・ウォッチの開発で特許を取得するという、幸先の良いスタートを切ったことが何よりの証拠である。さらに、1889年のパリ万博では世界初のスプリット機能付きポケット・クロノグラフを発表して、見事に銀賞を受賞したのである。
  
 スポーツ計時の大舞台といえば、4年に1度の祭典、オリンピックである。ホイヤーが初めてオリンピックの公式計時を担当したのは、1920年のアントワープ・オリンピックであった。このアントワープを皮切りに、パリ、アムステルダムと、1920年代は立て続けに3度のオリンピックにおいて競技者たちの体力の極限を記録したのだった。1980年にもモスクワ、レイクプラシッド冬季オリンピックにおいて公式計時を担当した。
 オリンピックの公式計時を担当するからには、現状の精度に満足することは絶対に許されない。ホイヤーは日々進歩するスポーツの世界を鋭く見据え、自らの精度向上に向かってさらなる研究を進めた。その結果、初参加のオリンピックに先駆けること4年前の1916年に、当時は誰も考え得なかった1/100秒までの測定が可能なストップ・ウォッチを開発。49年後の1965年には、この精度を1/1000秒にまで更新することに成功したのだ。
 ホイヤーの活躍は、大舞台であるオリンピックだけにはもちろんとどまらない。タグ・ホイヤーとなった後の1986年には、スキー・ワールドカップへと進出。1989年には、アメリカ及びカナダにおけるスキー・ワールドカップの公式計時を担当した。1990年には、自らのブランド・ネームを冠するタグ・ホイヤー・マキシ・ヨット・ワールドカップも誕生した。
 タグーホイヤーのブランド・マークをもっとも目にする機会が多い場所。それは世界各国で開催されるFIレースのサーキット場である。現在ではアイルトン・セナをスポンサードしている同社とFIとの関係は、1974年のホイヤー時代にまでさかのぼる。こ
 
 「世界の腕時計 №16」より引用